自分の人生観
私は、20代だからといって、死が遠い存在だとは考えないようにしている。
自家用車には必要最低限の使用に収め、暗い道は極力歩かず、酔っぱらったときは友人に電話して、道半ばで息絶えぬようにしている。たばこ・夜更かしはせず、野菜を中心とした食事を心がけている。ゆえに、友人から「おじいちゃんみたいやな」といわれることがある。
この考えを教えてもらったのは、高校のころ、法事で庄原のおじさんの家に訪れた時のお寺さんの言葉だった。ある程度の長さを両手で広げ、「片方を誕生、もう片方を死だとすると、今どこあたりにいると思いますか?」と尋ね、終わりの方を指し、「私たちは常に死に瀕しています」とおっしゃった。その時、私は、やけに納得した。
自動車は一般人が最も死ぬ可能性が高い、恐怖の乗り物(原子力発電の事故より、人食い猛獣よりも人を傷つけいていると聞いたことがある)の上、維持費がかかり、健康的な通学手段とは言えない。酔っ払ったときの電話は、正直人と話したくなるためだ。たばこは吸うメリットが一つも見当たらないため、なんなら吸っている人を嫌っているほど、嫌悪している。元から早寝早起きは好きで、中学のころから土日でも、部屋が明るみだすと目が覚め、一人でひっそりと冷蔵庫を漁り、母が起きるまで漫画などを読んでいた。酒を飲んで騒ぐのは好きだが、私は親しい友人がいないと盛り上がれないため、一人で飲むことはない。
最近お金について勉強をするようになった。簿記の勉強をしたり、Youtubeで教育系の動画を閲覧したりと励んでいる。そこで学んだことは、”年収は高すぎると税金に半分ほど持っていかれる上、お金を使う時間がない”、”企業に従事していても、お金持ちにはなれない”などだ。
高校の古典の授業で読んだ”高瀬舟”の喜助の「足ることを知る」行動がひどく印象に残っており、自分もある程度の収入、ある程度の自由な時間を確保しつつ、身の丈に合った暮らしをしたいと考えている。
私は親のおかげで、大学生活でお金に困ったことがなく、バイトはしているが、暇つぶしと運動習慣、早寝早起きのために運送会社を選んで、休日などでも朝から活動するようにしている。
だからと言って、豪遊しているわけではない。衣類はユニクロを愛用し、よほどヨレない限り使い続けている。食事は特に好き嫌いがないため、昼飯をインスタントで済ませることも多く、総菜も購入したことがない。飲み物は主に水道水だ。自販機・コンビニ飯などもってのほかだ。住まいは線路沿いの安アパート(大学生からは”犬小屋”の愛称で慕われている)で、家具は4年間買い替えていないが、友人を招くと、「生活感がない」といわれるほどこざっぱりしている。賭け事はせず、お金のかかる趣味などもない。正直、これほど夫に向いている大学生はいないのではないかと自負している。
将来の構想としては、就職後、すぐに積み立てNisa、iDeco、ふるさと納税をはじめ、20-30代は6畳ほどのマンションに住み、土日は市内のカフェに行って、公園で読書・将棋をして遊び、そこそこ昇進して、通勤は自転車で、自動車が必要になったらレンタルするようにする。30代で結婚したいかな。40-50代くらいでフリーランスに転向するか、親が地元にいる間は日本にいるつもりだが、いつかは海外でのんびり暮らしたい。稼いだ金は、基本親に恩返ししていき、たまにサウナ巡り旅行に使いたい。おじいさんになっても清潔感とモラルにだけは注意して、息子と旅行に行って、孫と遊びに行って、近所の人と将棋をして、三味線を弾いて、夏は甚平、冬は着物を着こなし、ボケてきたあたりで安らかに眠りたい。